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も、

(被害者の心の救済は、どのようになされるべきでしょうか)

かくも苦しき境涯に、我を忘れて悲しみて、神も仏もなきものと、恨み呪うが多くの被害者。

そも地獄なり。煉獄なり。なれば心に神は消え、荒れし心に、愛も枯れん。

そを救うのも難しく、安易な慰め励ましは、かえりて仇なり。徒労なり。なれどそこにも光あらん。

辛く悲しきとき故に、光は眩しく、心に滲みん。人の心の衰えしとき、そのときこそが、救いのときなり。

平和に安らぎ、穏やかなとき、光は溢れて気付かぬものなり。

なれど苦しみ悩みの底にて、神の光はさらに眩しき。光の示す道に従い、歩めるものは幸いなり。

なれど光に従えず、ますます煩悩深めゆかば、いつか執着 懊悩強めん。

心のオクの汚れシミ、取るに取り得ぬ曇りなり。生ある内の務めなれ、行を怠る罪とならん。

被害者とても、一人の人間。苦しきときにも行はあり。神の厳しき禊ぎにあれど、そを乗り越えて、勤しむべけれ。

辛き禊ぎに感謝せしとき、さらなる慈愛を、恵みを得ん。心の平穏、安らぎに、さらに感謝もいや増さん。

なれば被害者、恨みを捨てよ。己の不幸に負けるなよ。加害者罰せど、何も得られず。残るは虚しき、儚き勝利。

さにて心も衰退しなん。その後朽ちて、腐敗せん。

この世に多くの罪あらん。殺人、窃盗、脅迫、誘拐。いずれも加害者、犯人の、勝手な行い、責ならん。

なれど被害者、その家族にも、罪なき者は一人もなからん。

生きて死ぬまで、人は罪人。いずれも加害者、被害者ならん。

なれど心に神を持ち、生かされ生きる感謝の思いを、常に忘れぬ者ならば、、必ず被害も小さく過ぎなん。

なれど憎みや恨みに囚われ、誠の感謝を持てぬ者、神を信じぬ傲慢なるは、いつか禊がれ、気付かされん。


(被害者を同情する必要はない、自分たちが悪いのだ、という冷淡な気持ちを持てばよいのでしょうか)

さにあらず。全ては同じ、同罪者。被害者嗤うことも罪。侮蔑の心で見下す者こそ、傲慢不遜の者ならざるや

さになし、神の望む愛とは。互いに悲しみ苦しみ分ち、被害を受けぬ者とても、ただに幸運喜ぶになく、
被害を受けし者の悲しみ、辛さ感じ、共にあれかし。

さなれば被害者、加害者も、必ず心の神に目覚めて、真の救いに、救われゆかん。

見離し、見過ごし、遠ざかる、冷ややかなるは、まだ足らぬ。心の行も、体の行も。まして霊行適わざる。さらに禊ぎて、浄めるべけれ。

最期の選別、その時に、冷淡なるも、落とされなん。

誠の優しさ、慈愛の尊さ。胸に秘めたる者のみが、次なる時代を築くに能わん。

なれば心し、胸に刻めよ。被害者なるは、全てが被害者。この世に共にある限り、同じ運命、同罪なるを。

己一人が正しきになし。己一人が清きにあらず。

同じ嵐を乗り越える、定めの船に同船せしは、一人救われ、生き延びる、そを望むこそ最も罪なり。

飢餓に苦しむ者を遠目に、己一人が飽食す、今の地上の退廃見よや。

この世に生まれ、行を積み、魂磨きを望みなば、己一人の浄めに不足。全ての救済、昇華を祈れよ。

さらに気持ちを高めていけよ。人を救わば、己も救わん。

人の不幸に己を見つけ、共に悲しむ優しさ持てよ。

さにて






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要約   2010.09. ひふみともこ
人は苦しい時・悲しい時こそ、神を求めるものです。

辛いこと・悲しいことの奥には、神さまのご意図・愛があり、意味があるのだと信じ
られる時、その困難・苦難を乗り越える強さが与えられます。

そしてそれが、心の救いになります。

この世で生きている限り、全く罪を犯さない人はいません。自分だけは正しいと思う心は、人を
裁く強者の傲慢さを生じさせます。

神の目から見れば、人は全て加害者であり、被害者でもあります。

どんなときにも悲しみや苦しみを分かち合う心を持つこと、神を求める心を持つこと。

人の心の究極の救済は、神の無償の愛を感じられることではないでしょうか。

そして神様の愛は、人や自然・動植物を通して惜しみなく与えられているのです。

そのことを、生あるうちに少しでも感じられるように、霊性を高めていければと思います。


第52回 和の会を終えて。

野辺山 五光牧場オートキャンプ場
事務局からのお知らせです。


今月は「被害者の心の救済」について学びました。
私たちは愛することを学ぶために生まれてきており、神様の人を愛したいと言う気持ちを私たち自身が叶えることがとても大事だということを学びました。
そして穏やかな気持ちの時に、自分を見つめ直す時間を持つことが必要であるということも。
ひふみ先生から、エリザベス・キューブラー・ロスさんの「人生は廻る輪のように」という角川文庫発刊のご本のご紹介もありました。


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9月に入っても真夏のような毎日が続いております。
おからだご自愛下さい。

おつかれさまでした。