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「神誥記」 2000年3月22日 医学、医者、薬

神から人へ。
神から人へ、伝えて教え,教えて残し,何千、何万,何億年。
この世に地球と太陽と、宇宙の続くその限り,人には教えて伝えてゆかん。
残しゆかねばならぬ真理を,残して広めて,次元を上げて,次なる世界に,生き得る魂、生命のみを残してゆかん。
さにて本日何を問うなり。

(医学、医者、薬などについてお教え下さい。)

さにても神の御心は、全ての人の、生命を、高く健康、健やかに,保てるように作りしを。

人の想念、悪行が,己の体を傷つけ、貶(おとし)め、ついには汚れを貯めさせて、病となりて、表れなん。

なれど医学は、その病、神の禊ぎを妨げて,肉体のみに治療を加え,心の病や,汚れ曇りを、少しの改善,向上させねば、

人の病は繰り返されて,己の肉体のみならず、あらゆる不幸の源(みなもと)断たねば,不幸災い、終わりもせぬを。

人の不幸の表面に,囚われ,忘れし心の病。

執着、迷妄(めいもう)、嫉妬に憎悪。心の全ての汚れを禊がば、必ず病は癒えるもの。

癒えぬは足らざる霊行の、証となれば、先ずは諌めよ。

己一人の病にあらば、いずれは終わりて治りもせんを。

時に先祖や他人の霊の、訴え頼るもあるなれば、そもまた禊ぎて悟らすべけれ。

己一人の責にあらねば、一族郎党、心改め,お詫びし、供養し,祀るも必要。

己一人の罪科(つみとが)ならば、己一人の病に終わらん。

なれど病はその者一人の、一代限りのものにあらねば、さらに供養し、許しを得るべし。

最も深き罪科は、人の命を縮めて殺し、その者、霊行,み役を果たせず,あの世に帰れず,迷わせし罪。

その者,霊は、必ずかかりて、訴え、恨みて、呪い,苦しむ。

さてもいみじき恨みの念は,消すに消し得ぬ深きものなれ、この世にありて詫びぬれど、容易に許さず、さらに恨まん。

末世末代、子孫にかかり、救い求めて、さまよわん。

救うも,捨てるも、神の御心。許され救わる魂ならば、必ず神も光を与え,導きゆかん、あの世まで。

許され救われ,拾わるるまで、魂迷いて,恨み続けん。

なれど病は癒えることなく、己の苦しみ,痛みを伝え、やがては衰え,死に至らしめ。

なれど医学に癒せぬ病。霊を鎮めて,慰め得ねば。病は続きて、さらに苦しめ。

今の医学はさらに曇りを,深めてゆくのみ、増させるのみ。

真の気付きを,悔いて詫びなん。その後病も自(おの)ずと癒えて、霊の執着、消えてゆきなん。

真の気付きを得し者は、必ず詫びと感謝と帰依(きえ)を、神に捧げて,尽くさんとする。

そもなし得ねば、魂は、救いを得られず、さまよい漂(ただよ)う。

根を失いて流されて、行き着く先は、煩悩地獄。そこにて再び,責められて、己の罪科償うまでは、繰り返されなん、詫びと悔い。

(医学は神様の目からは、悪でしょうか)

さなり。上野目からも、宇宙からも,真理原理は,許さぬ医学。

この世を汚して,魂汚し,肉体さえも汚しゆきなん。

(それは何故でしょうか)

愚かな者ほど医学に頼り、己の反省,悔いを忘れて,少しも改め工場せねば、神の霊行,最も嫌い、避けてなさぬが常なれば。

科学万能、医学万能、物質のみに目を奪われし、今の世の中、罪ばかりなり。

そを気付かせるのも霊行なれば、真の医学を志す者、神への信を高める大事。

医学になし得ぬことのわずかよ。肉体いじりて、切り刻む。薬与えて毒貯める。

肉体本来、病なければ,神へのご無礼、冒瀆(ぼうとく)極めん。

神の与えし肉体を、たかが物質,なれど尊き、神の恵みを汚すは許さぬ。

医学の迷妄,罪の深さよ。なれどそもまた宿命なるらん。神の光に気付かぬ者の,哀(かな)しさ、哀(あわれ)さ、切なさよ。

さにて。


要約   2013年6月 ひふみともこ
健康には3つの要素があります。身体・心・魂です。

身体と・心の健康については研究も進んでいるようですが、魂については、まだ医学界では公的に認められてはいません。
でもお医者様の中には、魂やあの世の存在を認めていらっしゃる方もおられるようです。

 私たちは肉体によってこの世を生き、様々な経験を積み、その経験によって様々なことを感じたり考えて、様々なことを学んで生きています。

その人生の中で、神様からお預かりした魂を、どれぐらい成長させてお返しするか。
より多くのことを学び、魂の汚れや曇りを取って、最初よりも豊かで光輝く魂にしてお返しすること。
そのために神様は一人ひとりの中に魂を入れて下さっているのです。いうなれば、私たち1人1人は、魂の養育器なのです。

 養育器の中の赤ちゃん(魂)を、大切に育て、立派な大人(魂)に成長させるためには、食べ物や飲み物だけでなく、いろいろな心の経験をさせなければなりません。
喜び・悲しみ・怒り・苦しみ、愛すること、感謝すること、感動すること、誰かのために・何かのために生きようとする利他の想い。いい想いが満ちていれば、魂は輝きを増すでしょう。
逆に、憎しみや妬み、強執着心などが満ちていれば、魂は汚れて、魂の光は弱まっていきます。「汚れ=気枯れ」です。

 死を迎えるとき、魂は神様にお返しします。
「自分」というものが死んだとき、「自分」というものはなくなるわけですから、魂は誰のものでもなく、神様のもので、神様のところに帰っていきます。

光を増した魂をお返しできればいいですが、黒くしぼんでしまった魂をお返しすることのないように。胸を張ってお返しできるようにしたいものですね。

第83回 和の会を終えて。

事務局からのお知らせです。
2013年第6回の和の会は6月22日に開催されました。

汚れ(けがれ)とは、気が枯れるということだそうです。
いい気を出すことがとても大事で,赤ちゃんこそが執着も何もないから,いい気を放っているのだそうです。
赤ちゃんがいるだけで,私たち周囲の者はうれしくなるということはこういうことなんだそうです。

また、自分がいかにいい気を出せるか,いい気を出すことで周りの人たちを元気にさせるということ、自分自身がパワースポットになることこそ大事だということも学びました

お洗濯、お料理、お掃除などの単純な作業を集中して,何も考えず行うことで、ストレスを無くすことができるのだそうです。
そういえば、そういった作業が少なくなっているのかもしれません。それこそが霊行なのだということも学びました。

熱中症が大流行りだそうです。お体をくずさないようご自愛下さい


おつかれさまでした。