...................................................................................................................................

二〇〇五年十一月二十七日 神社で「いろは」「ひふみ」を奏上することについて

神から人へ、人から神へ。
一つの不安も少しの迷いも、捨てて放せよ、離れて逃れよ。
神との縁を信ずるならば、後は任せて、ただ行なえよ。
ことばに表わし、形に示し、体を動かし、働けよ。
先の先まで案ずるなかれ。今なすべきを、原点を、己の立つべき足元を、しかと踏みしめ、立ち返るべし。
余計の心配、取り越し苦労、全ては無益の、時の浪費よ。
人は愚かに繰り返さん。無駄なる予測と皮算用。
なれど全ては独善の、神の摂理に反するばかり。
人間中心、利潤追求、視野に入れるは物質のみ。その奥にある魂を、霊的視点を持つは少なし。

さにて本日、神社にて人の上げる祝詞について答えん。
神社は本来 神と人、神性なるを感知して、人のなすべき本分に、
真(まこと)の使命に目覚めるための、神聖にして清浄なる、犯すべからぬ聖域なり。
そこにて上げる神への誓い、神との約(やく)を捧(ささ)げることば、神に全てを任せて生きる、決意の心を伝えることば。
なれば祝詞は神に捧げる、人の祈りの根幹なり。
祈りは己の願いにあらず。己の利己的望みになし。
人類全ての繁栄発展、宇宙全体、調和のために、自ら働き役立ちたきを、神に選ばれ、
使われたきを、ことばに表わし、声にて発し、己自身の気持ちを高め、神の元にも届かんことを、
謹(つつし)み、畏(かしこ)み、宣(の)るものなり。
なれば人は心を正し、純粋無垢なる真白(ましろ)き心で、神の意に添(そ)い、思いに染まり、神の心に合一(ごういつ)し、
自我や利己を遠ざけて、無心にことばを唱えればよし。
人の思いは高められ、そを受け取りし神々も、人の無垢なる思いを歓び、更に力を授け与えて、
神への奉仕に邁進(まいしん)し、善なる循環、波動を起こし、この世の行も平(たい)らけく、滞(とどこお)りなく進むよう、全てを整(ととの)え、守り給う。
人は神の意を生(い)くためには、何も恐れず、怪しまず、安らかにして穏やかに、自然のままを受け入れて、神の真意を汲み取れよ。
全ては神に定められ、己の過去の行いに、見合いし今があることを、読み取り、見抜きて、感謝すべし。
この世の行を残りなく、生まれるときに約せし命(みこと)を、十二分に果たせることを、神に願いて祈るべし。
神社の神の御前(おんまえ)にて、素直に返り、生まれ変わり、そのたび新たな命を頂け。
衰え褪(あ)せることなきように、倦(う)みて疲れて諦(あきら)めぬよう、人は神に祝詞を捧げよ。

「いろは」「ひふみ」も本来祈り。神と人との交流を、互いの御魂の命の力を、確かめ、改め、強めることば。
さにて人は心を浄め、己の原点、御魂の根源、太古のことばを思い出さん。
ことばの初めが「いろは」と「ひふみ」。ことばの原形、言霊なり。
一音一音、言霊は、宿り、籠(こ)もりて、息 吹き返す。
さなる言霊、祈りのことばに、そこにおられる神霊がたも、新たな力を人から得らるる。
人から捧げる誠の祈りは、神霊がたの み力となり、人へと戻りて、人を浄めん。
神社の祈りは清(きよ)かるべし。尊(とうと)かるべし。澄み渡るべし。

さにて本日、神社の祝詞、「いろは」「ひふみ」奏上(そうじょう)の、心の構えを解き示したり。
これから後の奏上も、心し宣(の)れよ。奏上せよ。さなれば祈りはさらにも高まり、天へと届き、あらたかならん。さにて。
.......................................................................................................................................

.........................................................................................................................................

横浜和の会(平成29年4月15日) 要約

 会ではいつも「いろは」と「ひふみ」を始まりと終わりに奏上しています。
このとき大切なのは、あれこれ意味を考えないことです。
理屈や理論ではなく、言霊の一音一音に集中し、無心になることが大切だと思います。
私たちは神社に参拝しますが、このときも無心で神様にご挨拶なさるといいと思います。
生きるということは、自分の意志や努力で決められることは殆どないといってもいいでしょう。
見えない力や周りの人たちのさまざまな支えによって、私たちの生は彩られています。
例えば水を飲むこと1つとっても、水を飲もうという意志だけで水を飲める訳ではありません。
お金さえ払えば飲めるというわけでもありません。清浄な水がなければ飲めません。
ではその清浄な水は、どうやって私たちの口にまで届くのでしょうか。
雨が大地に降ってから私たちの水道の蛇口から出て、コップに注がれて口に運ばれるまでには、過去も含めて無数の人たちの努力があってこそなのです。
だからといって自分の意志が大切でないというわけでもありません。
全てをお任せの気持ちで、しかしその中で最善を尽くす。
その気持ちを神様の前で誓うのが祈りであると思います。
そしてその祈りを言葉にしたものが祝詞です

104回和の会を終えて


事務局からのおしらせです。

2017年第2回の和の会は4月15日に開催されました。
104回目の和の会でした。
神社で「いろは」「ひふみ」を奏上することについて学びました。

次回の開催は2017年6月17日(土)です。皆々様のご参加をお待ち申し上げます。

おつかれさまでした。

ひふみともこ先生Profile



東京大学文学部国文学科卒。筑波大学大学院地域研究研究科修士課程修了。お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士課程中途退学。博士(人文科学)。現在、筑波大学人文社会学系教授。専門は日本語教育・応用言語学。著作 神誥記 新装版 

これからの激動の世界観を提示し、人類の取るべき正しい方向性を諭す、神と人との一問一答。
(ご購入希望の方は事務局まで)

著作 続神誥記



神から人へ』『神誥記』と同時期およびそれ以降に行われた、
神との交流を集成。
(ご購入希望の方は事務局まで)

著作 神から人へ 上 新版 


間もなく訪れる最後の時を前に、
神から人に語られる最終メッセージ!!
(ご購入希望の方は事務局まで)

著作 神から人へ 下 新版



(ご購入希望の方は事務局まで)