●平成24年10月8日 8時39分 気仙沼着。
午前
今日もSさんに気仙沼市内の被災状況をご案内頂きました。
海沿いのお寺の近くにある慰霊塔でお線香とお花をお供えした後、ようやく活気を取り戻しつつある魚市場や市街の高台などを案内して頂き、津波の様子を説明して頂きました。
漁港から700メートルも内陸に打ち上げられたままの巨大な漁船の下でお線香を上げさせて頂きました。
その後、気仙沼市社会福祉協議会を訪問しました。これから自分にどのような支援ができるかを考えるためのご助言を頂くためです。
吉田恵子主幹さんのお話の内容を以下にまとめます。
*** *** *** *** *** *** ***
今は物資などの支援ではなく、心のケアが必要である。ただ、これまでのようにイベントなどを開催して楽しんでもらうというような支援ではなく、被災された方達の主体性を引き出すことと、一緒に何かをすること(料理をする・歌を歌う・体操をする・話し相手になるなど)が望ましい。また、継続が大切である。たった1行のハガキでもとても喜んで下さる。
*** *** *** *** *** *** ***
何の特技もない自分でも、話し相手やハガキによる交流の継続ならできそうだという希望が湧いてきました。
お昼は仮設商店街の「特急寿司」というお店で、75歳くらいのかわいらしいおじいちゃんとご家族たちの作る心のこもったお寿司を頂きました。
午後1時、早馬神社で正式参拝をさせて頂いた後、梶原忠利宮司さんと息子の梶原壮市禰宜さんから、震災当日及び、その後の復興のお話を伺いました。
宮司さんも禰宜さんも、とても謙虚で立ち居振る舞いが美しく、お優しさの溢れる方たちでした。
震災当日、神社に避難された方たちと御本殿のさらに上にあるお社に避難されたそうです。
避難しているお社のすぐ眼下を漁船や家が根こそぎになって次々に流されていきます。
一晩に50回以上もの津波が来て、その音を聞きながら真っ暗でべた雪も降り積もる寒い夜を過ごされました。
海抜12メートルの高台にある御本殿も3メートルほど水に浸かったとのこと。
翌日、唐桑の海も町も瓦礫の山で、海水は黄緑色に変色していました。
「海は死んだ」宮司さんは思われたそうです。
漁師の皆さんも、命の次に大切な 第2の命である漁船を流され、真っ青な顔で下を向いたままでした。
唐桑地域には漁業しか産業がなく、何とかしなければという一心で 宮司様自ら復興プロジェクトを立ち上げられました。
ボランティアの人たちの協力もあって、徐々に瓦礫は片付けられていき、漁師さんたちも気持ちを奮い立たせて養殖漁業を再開され、震災の1年後には「養殖復興感謝祭」が開かれました。
そのときの宮司様の思いを綴られた文章を掲載致しますのでご覧ください。
こんなにまで氏子の漁師さんたちのことを思う宮司さん・禰宜さんのお気持ちを思うと、私まで涙が出そうになります。
神社でのお話のあとは、気仙沼の海沿いの街を案内して頂き、リアス式海岸の美しさを満喫させて頂きました。
重層的な入り江と穏やかな海、海岸線まで迫る山と森、海面に反射して輝く眩いばかりの金色の太陽の光…。これまでに見た中で最も美しい海でした。
夕方、今回の旅の最後の訪問先である唐桑地区の社会福祉協議会にお邪魔して、今後の支援の可能性を探ってきました。私個人に何ができるのか。いくつかヒントを頂けたように思います。
一ノ関駅までSさんに送って頂く途中、いろいろなことを話し合いました。
強く思ったのは、亡くなった方たちの魂も、生きている方たちの魂も、同時に慰められていくことがとても大切だということです。
また、大切な人・ものを全て失った人の魂の悲しみを本当に救えるのは宗教しかないのではないかとも話し合いました。
心という表層的な面の慰めとか癒しではなく、払われた犠牲の意味を魂の奥底から納得できることが本当の魂の救いとなり、力強く立ち上がって前に踏み出す力になるのではないか。
そのためには宗教家・聖職者の方々が宗教的な慰霊をされ、講話・法話などを通して命の意味や死の意味をお話し下さることが、魂レベルでの救いになるのではないかと思いました。
今回の旅では多くの被災者のお話を伺うことができました。
そのお話はいずれも心の奥深いところ、いわば魂にまで響くものであり、深い悲しみは胸奥まで染み込んでくるようでした。
同時に、大きな力も頂けたような気がしています。大切なものを全て失った深い悲しみや絶望を超え、必死に前を向いて生きるお一人お一人のお姿は、いずれも雄々しく気高く、逆にこちらのほうが生きる勇気と力を頂いたような気がしています。
この感動と感謝と勇気を、学生たちにも伝えたい、若い学生たちにとっても多くのことを学ぶ素晴らしい機会だと思いながら、どうすれば学生たちを巻き込んでいけるかとあれこれ考え、昂揚感で胸をいっぱいにしながら帰途につきました。
今回の旅は非常に中身が濃くて、そのときの感銘はあれから1カ月近くたっても一向に弱まることはありません。
2日間の日程をきめ細かく調整して終日ご案内下さったS.Tさんには心から感謝申し上げます。これからもずっと、気仙沼を中心に支援のお手伝いができるよう、私なりに模索していこうと強く胸に誓った次第です。